決算から想定される株価
2025年5月15日に大阪チタニウムテクノロジーズ(5726)は2025年3月期の通期決算を発表した。2025年3月期決算短信
2025年3月期に関しては、営業利益が21.7%増加となったものの、売上高は前期比6%減、純利益は26%減少し、EPSは263円から192円へと低下した。純利益は会社予想をわずかに上回ったものの、売上・営業利益・経常利益はいずれも未達となった。
さらに、ネガティブな要素として、2つ。
- 2025年3月期の配当は年間50円だったもののが、来期の配当予想15円と大幅減少
- 2026年3月期の業績予想が売上横ばい、営業利益△60%、当期純利益△78%の予想
以上のネガティブインパクトにより、決算発表翌日の株価は、一時-11%となり終値1,612の-6%となっています。
決算で示された来期予想をもとに、配当利回りおよびPER水準から下値メドを試算してみます。
- 配当利回りが今までの直近水準であった2~3%とすると500円~750円
- EPSが192円の△78%の42円となるとすると、PERが10倍~13倍とすると
これにより、株価が上場来安値圏まで調整する可能性も示唆される。
このような状況を踏まえ、同社を取り巻く内部・外部環境を整理し、数値モデルを使った株価シナリオを検討していきます。
外部・内部環境の整理(SWOT分析的アプローチ)
外部環境
◆ プラス材料(Opportunities)
-
航空機向けチタン需要は中長期的に堅調
- エアバス向けやエンジンMRO(メンテナンス)需要は底堅い
- 世界的なチタンの供給再編が継続中(地政学リスクなどによる)
-
価格是正の動き
- 市場価格が上昇傾向で、過去の安値契約からの是正が進行中
- 一部はフォーミュラ契約で市況連動(インデックス価格による算出)
◆ マイナス材料(Threats)
-
ボーイング社の品質問題・ストライキが影響
- 約2か月の製造遅延により納品が滞り、一時的に売上計上が遅延
- スポンジチタン輸出売上が前年比▲4.0%減少
-
価格下落圧力(フォーミュラの時差)
- チタン鉱石インデックスの下落により、一時的に販売単価が低下
- 市場価格にタイムラグで追従する契約体系のため、影響が出やすい
-
国内一般産業向け需要の落ち込み
- 電解プラント・熱交換器向けなどで、需要が大幅減(前年比▲17.1%)
内部環境
◆ 強み(Strengths)
-
チタン事業の営業利益は前年比+17.7%と堅調
- 販売価格是正や操業改善の効果が明確に出始めている
- 原価率が改善しており、損益分岐点を下回らない収益構造に変化
-
大型の能力増強計画が進行中(+25%)
- 2024年5月、鉄鋼新聞にて、**「尼崎工場で年産+1万トンのスポンジチタン能力増強、300億円投資」**と報道(→出典リンク)
- 2027年度末完工予定の従来計画に加え、航空機向け需要の伸びを確信した対応
-
高い自己資本比率(42.4%)・財務安定性
- 有利子負債の比率も低く、キャッシュ水準も約46億円確保済
◆ 弱み(Weaknesses)
-
工場が老朽化の懸念
- 減損損失(固定資産除却損769百万円+減損431百万円)を今期計上
- 本社の正面:そこまで外見は古くなさそう
- 本社一帯:
- 他の建物と違うここが新しい工場?
-
高い固定費体質
- 減価償却費は29.7億円(前年比+1.9億円)
- 製品の在庫積み上がりによるキャッシュアウトも大きく、営業CFは改善しているが設備投資でキャッシュ減少中
数字の整理(変化を見る)
【1】PLサマリー(損益計算書:通期)
決算期 | 売上高(億円) | 営業利益(億円) | 当期純利益(億円) | 営業利益率 |
---|---|---|---|---|
2023年3月期 | 431 | 48 | 52 | 11.9% |
2024年3月期 | 553 | 83 | 97 | 14.9% |
2025年3月期 | 519 | 101 | 71 | 19.4% ←最高水準 |
2026年3月期 | 510 | 40 | 15 | 7.8% |
※2026年3月期は会社予想
【2】棚卸資産と建設仮勘定の推移(資産構成の変化)
項目 | 2023年3月末 | 2024年3月末 | 2025年3月末 | 増減(24→25) |
---|---|---|---|---|
商品および製品 | 110億円 | 107.4億円 | 171.6億円 | +64.2億円 |
仕掛品 | 39.3億円 | 38.6億円 | 35.0億円 | -3.6億円 |
原材料および貯蔵品 | 79.5億円 | 129.8億円 | 137.9億円 | +8.1億円 |
建設仮勘定 | 13.2億円 | 11.3億円 | 29.1億円 | +17.8億円 |
※特に「製品」と「建設仮勘定」の増加が目立ち、投資→利益への循環の途中であることが数値から見える
【3】キャッシュフローの推移(財務健全性と投資余力)
決算期 | 営業CF | 投資CF | 財務CF | 現金同等物 |
---|---|---|---|---|
2023年3月期 | 7億円 | ▲27億円 | ▲3億円 | 70億円 |
2024年3月期 | 21億円 | ▲30億円 | ▲5億円 | 60億円 |
2025年3月期 | 29億円 | ▲34.8億円 | ▲6.9億円 | 46.2億円 |
※営業CFは安定しており、キャッシュ減少(▲14億円)の主因は明確に設備投資(建設仮勘定とほぼ一致)
モデル化とキーファクター
上記の数値から違和感があることは、次の2点に集約される。
- 2025年と売上は同水準なのに、来期の予想営業利益率が急激に悪化
- 棚卸資産に製造済みの製品が64億円分も積み上がっているのに売上は変わらない
来期業績がなぜ急減予想なのか、その要因を整理し、 本当にそこまで悪化するのか? を検証・可視化することを目的として、モデリングを行う。
基本モデル
営業利益 = 売上高 − 売上原価 − 販管費
売上高 = 販売数量(Q)× 販売単価(P)
売上原価 = 固定費(F)+ 変動費単価(VC)× Q
営業利益 = Q × (P − VC) − F − 販管費
キーファクター整理
要素 | 内容 | 今回の見解 | モデルへの扱い | 備考 |
---|---|---|---|---|
Q(販売数量) | 出荷された製品の量 | 今期末時点で在庫増(+64億円)→来期で捌ける可能性高 | 増加前提(在庫が売れる) | 決算短信での明記なしだが、今後の売上回復要因に |
P(販売単価) | チタン価格インデックス × 為替ベースで決定 | チタン価格は一時下落、為替145円前提 → 前提条件で固定も可 | 現状維持 or ▲10%のシナリオ | フォーミュラ契約により反映にタイムラグあり |
VC(変動費単価) | 原材料(チタン鉱石)、電力、輸送費など | 為替ドル安 → コスト減(ただし最近は高止まり) | 一旦固定でよい(不透明) | 影響はあるが、売上とは異なり「為替差損益」ではなく原価に入る |
F(固定費) | 減価償却、人件費、工場保守など | 建設仮勘定の償却開始は2028年以降予定 → 2026年3月期には乗らない | 前期並み or やや増加で仮置き | 決算短信には固定費内訳記載なし。償却費29.7億円(前年比+1.9億) |
フォーミュラ契約とは
大阪チタニウムが主力製品で採用する「フォーミュラ契約」は、チタン鉱石のインデックス価格や為替レートなどの客観的な指標に基づいて、販売価格が自動的に決まる契約方式です。
長期契約でありながら柔軟な価格調整が可能というメリットがある一方で、市況価格の下落が即座に売上減少に反映されるため、短期的な収益にブレが出やすい側面もあります。
特にインデックスと実際の納品タイミングには“数ヶ月のラグ”があるため、市況が悪化したあとでもしばらく高値販売が続いたり、逆に市況が回復してもすぐには売上に反映されないという“時差のある構造”も特徴です。
実際のチタン価格
以下のチャートからも読み取れる通り、2022年のウクライナ侵攻を背景にチタン価格は急騰しました。 その後は2023〜2024年にかけて調整局面に入り、一時的に価格は下落しています。
しかし、2025年に入ってからは、再び価格が反転しつつある兆しも見え始めており、決算短信で言及されていた「価格下落」も、過去の異常高騰から定常状態へ戻る過程と解釈できる可能性があります。
したがって、業績予想の前提として2024年程度の価格水準を見込むことは、シナリオ検討において現実的なアプローチと考えられます。
株価影響のシナリオ
キーファクター整理の結果から次の可能性が考えられる。
- 積み上がった棚卸資産分の販売数量の増加(いわゆる期ズレが起こっている)→ボーイングのスト影響から整合性がとれる
- チタン価格下落を大きく織り込んでいるが、販売価格が変わらない
1. ベースシナリオ(会社予想)
項目 | 内容 |
---|---|
営業利益 | 40億円(前期比▲60%) |
EPS | 約42円(純利益15億円想定) |
PER(現状) | 10〜13倍 |
株価レンジ | 420円~540円 |
2. 楽観シナリオ
仮定として次を置く
- 前期から積み上がった製品在庫(約64億円)を今期出荷→売上が +100億円程度
- 昨年並のフォーミュラ価格のため、営業利益率は前期程度まで回復(19%)
項目 | 内容 |
---|---|
売上 | 610億円(前期比+17%) |
営業利益 | 115億円(前期比+13%) |
EPS | 約216円(営業利益の伸び分増加) |
PER(現状) | 10〜13倍 |
株価レンジ | 2170円~2820円 |
配当性向は25%~35%より54円~75円と増配が可能になる。
3. 悲観シナリオ
仮定として次を置く
- 販売数量や価格は会社予想通り(これ以上の悲観視はなし)
- 変動費、固定費の上昇
項目 | 内容 |
---|---|
営業利益 | 40億円(前期比▲70%) |
EPS | 約28円(純利益10億円想定) |
PER(現状) | 10〜13倍 |
株価レンジ | 280円~360円 |
BPSは1,164円あるため、市況銘柄とはいえPBRが0.2を割る水準まで落ち込むことは考えづらい。
逆にPBR1倍の水準、1,164円は防衛ラインであると考えると、会社予想も相当悲観シナリオである。
まとめ
2026年3月期の保守的な予想と、フォーミュラ契約の時差による業績悪化は一時的なものと見ることもできる。現状の株価はすでに十分織り込まれており、在庫の出荷や市況の反発が起きた瞬間に「上方修正 → 株価反発」というシナリオも現実味を帯びてきている。
一方で、減価償却や固定費の拡大が将来の利益を圧迫するリスクもあるため、「構造が変わった会社」かどうかを見極める視点が、次の投資判断の鍵を握る。