株価のフローとストック分析
株式投資を考えるとき、株価に注目することが多い。そして株価は、いわゆる4本値(始値、高値、安値、終値)によって提供される。
その4本値を表現したものがローソク足であり、移動平均線、MACDなどといった指標が作られる。それを分析するものがチャート分析と言われる手法である。
しかし、株価はあくまでも取引の結果を反映するフロー的なデータである。その取引が成立した背景があるはずである。
わかりやすいものとしては、株式公開(IPO)、増資(PO)の価格である。これらの公開価格は、まず会計事務所による企業の財務内容や経営成績の監査結果を基に、証券会社などが市場での需要や企業の将来性を考慮して決定される。
例えば、4385メルカリは2018年6月に公開価格3,000円で上場し、初値は5,000円であった。上場来高値は2021年に7,390円をつける。 しかし、2024年11月現在、年間の株価幅は1,700.5円~2,774円となり、公開価格を割っている。そのため、株主総会でCFO江田清香取締役が株主質問の応答内で謝罪しているが、その質疑応答部分のカットされて動画は公開されている。
つまり、3,000円でIPO当選により購入した株主が、戻り売りを考える水準であると考えることができる。この辺りで上昇がストップする可能性があると投資家心理として意識される。。
また、3778さくらインターネットは半導体・AI相場の波で2024年3月に上場来高値の1万円を突破。 利益確定売りと思われるストップ安を2日連続でつけるなど、いわゆる仕手化したような値動きで、乱高下を繰り返し、4月26日に増資予定を発表。 実際の増資は、6月5日の終値4,995円で発行。その後、8月5日の大暴落の日に半値を割る2,300円まで下落。その後は回復し、4,000円台で推移している。 さくらインターネットの増資の場合は、国内の機関投資家向けのため、個人投資家のような戻り売りの圧力は低いと考えられるが、意識される株価だと言える。
このように株価は意識される水準やチャート分析の様々な指標があるが、あくまでも心理的なものである。
さくらインターネットは、2023年11月の980円から2024年3月には10,980円と5ヶ月でテンバガーを達成している。 その後、大陰線をつけ、2日連続ストップ安という激しい値動きである。 しかし、他の銘柄もテンバガーを達成したから、必ず翌日には大陰線をつけたりするわけではない。
さくらインターネットの株式相場の参加者が動いた結果であって、それぞれの統計値によって決まるわけではない。 そのため、株価の分析だけでは、不十分であると考えた。
そこで、ポジションの積み上がり、つまりストック統計を算出できないかと考えた。 つまり、ポジションが積み上がっていないのに価格が上がり続ければ、後に続くと考えることができないだろうか。
ポジションの積み上がりをモデル化
考え方
収支式 のような単純なモデルで積み上がっているポジションを考えたい。 ポジションの積み上がりを分析するには、入(取引の買い)、溜(保持されたポジション)、出(取引の売り)といった収支の動きを追うことができると考えた。
使えそうなデータ
- 1日の出来高(Yahooファイナンスなど) → 入、出に対応する
- 制度信用取引の融資・貸株残高(日証金HP) → 入、出の内訳に対応する
- 発行済株式総数(有報など) → 入、出の上限を算出
- 浮動株比率(会社四季報) → 入、出の上限を算出
- 株券等貸借取引状況(週間)※一般信用取引の推定 (日証協HP)
アイディア図
- “入”と”出”は、1日の出来高であり、そこには、現物株取引、制度信用取引、一般信用取引がある。
- 市場内取引できる株数は、発行済株式総数の内、浮動株分であるが、信用取引により浮動株や発行済株式総数以上の売買が可能となっている。
- “溜”は予測したいポジションである。
- ポジションは日測りから年単位で保有するものがある。短期と長期として簡略化した。
- 例えば、制度信用取引は半年が期限であり、一般信用取引は需要が圧迫するとマージンが高くなるため、年単位のポジションとなることが少ない。
- 消えるは、投資信託や年金などの買付、自社株買いがある。
- これらの買いは基本的にマーケットにすぐに出てくることはすくない。
実際の数値を出してみる
2024年上半期の東証プライム市場の値上がり率1位の5803フジクラを考える。 会社四季報の株主欄が2024年3月末と2023年9月末の時点のデータとなるので、2023年10月から2024年3月までを考える。
- 発行済株式総数:295,863,421株
- 2023年9月末の浮動株比率:5.9% → 株数:17,455,942株
- 2024年3月末の浮動株比率:5.6% → 株数:16,568,351株
- ⇒半年で887,591株消える → 1営業日で3,550株 / 1年を250営業日とする
信用取引が増える前後で考えたいので、チャートを確認すると、2024年2月9日にストップ高をつけ、2024年2月13日に急騰、出来高急増している。 これは、2024年2月8日の引け後に発表された決算により、コンセンサスよりも営業利益が良く、増益をしたためである。 また、電線御三家の一角であることから、データセンター銘柄も材料視されている。 使用するデータは次の通り。
日付 | 始値 | 終値 | 出来高 | 融資新規 | 融資返済 | 融資残高 | 貸株新規 | 貸株返済 | 貸株残高 | ネット残高 | 日証協貸付残 | 日証協先週との差 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2024/2/16 | 1,700 | 1,735 | 4,511,000 | 4,000 | 5,600 | 48,500 | 37,400 | 19,000 | 451,200 | -402,700 | 6,837,101 | -1,944,061 |
2024/2/15 | 1,691 | 1,696 | 3,893,800 | 500 | 2,700 | 50,100 | 34,700 | 23,500 | 432,800 | -382,700 | ||
2024/2/14 | 1,699 | 1,692 | 3,686,300 | 44,500 | 4,400 | 52,300 | 13,000 | 94,000 | 421,600 | -369,300 | ||
2024/2/13 | 1,561 | 1,707 | 11,687,600 | 4,400 | 125,000 | 12,200 | 378,500 | 8,700 | 502,600 | -490,400 | ||
2024/2/9 | 1,558 | 1,558 | 3,821,000 | 91,200 | 51,500 | 132,800 | 74,400 | 34,700 | 132,800 | 0 | 8,781,162 | 804,764 |
2024/2/8 | 1,260 | 1,258 | 2,947,400 | 23,600 | 9,400 | 93,100 | 23,000 | 6,800 | 93,100 | 0 | ||
2024/2/7 | 1,225.5 | 1,242 | 2,001,100 | 7,800 | 24,000 | 78,900 | 6,900 | 10,700 | 76,900 | 2,000 | ||
2024/2/6 | 1,234 | 1,232 | 1,926,700 | 49,200 | 97,200 | 95,100 | 1,000 | 63,400 | 80,700 | 14,400 | ||
2024/2/5 | 1,227 | 1,241 | 2,376,300 | 84,100 | 2,300 | 143,100 | 81,800 | 0 | 143,100 | 0 |
これらを使うと、モデル内で算出できる数値は次の通り。
日付 | 2023年9月末浮動株 | 浮動株累積減少=[消] | 想定浮動株 | [入]合計 | [入]信用(融資新規+貸株返済) | [入]その他 | 出来高/浮動株 | (融資新規+貸株返済)/出来高 | [出]合計 | [出]信用(融資返済+貸株新規) | [出]その他 | (融資返済+貸株新規)/出来高 | 日証協貸付の想定減(先週との差/営業日) | 出来高比率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2024/2/16 | 17,455,942 | -351,450 | 17,104,492 | 4,511,000 | 23,000 | 4,488,000 | 26.4% | 0.5% | 4,511,000 | 43,000 | 4,468,000 | 1.0% | 486,015 | 10.8% |
2024/2/15 | 17,455,942 | -347,900 | 17,108,042 | 3,893,800 | 24,000 | 3,869,800 | 22.8% | 0.6% | 3,893,800 | 37,400 | 3,856,400 | 1.0% | 486,015 | 12.5% |
2024/2/14 | 17,455,942 | -344,350 | 17,111,592 | 3,686,300 | 138,500 | 3,547,800 | 21.5% | 3.8% | 3,686,300 | 17,400 | 3,668,900 | 0.5% | 486,015 | 13.2% |
2024/2/13 | 17,455,942 | -340,800 | 17,115,142 | 11,687,600 | 13,100 | 11,674,500 | 68.3% | 0.1% | 11,687,600 | 503,500 | 11,184,100 | 4.3% | 486,015 | 4.2% |
2024/2/9 | 17,455,942 | -337,250 | 17,118,692 | 3,821,000 | 125,900 | 3,695,100 | 22.3% | 3.3% | 3,821,000 | 125,900 | 3,695,100 | 3.3% | ||
2024/2/8 | 17,455,942 | -333,700 | 17,122,242 | 2,947,400 | 30,400 | 2,917,000 | 17.2% | 1.0% | 2,947,400 | 32,400 | 2,915,000 | 1.1% | ||
2024/2/7 | 17,455,942 | -330,150 | 17,125,792 | 2,001,100 | 18,500 | 1,982,600 | 11.7% | 0.9% | 2,001,100 | 30,900 | 1,970,200 | 1.5% | ||
2024/2/6 | 17,455,942 | -326,600 | 17,129,342 | 1,926,700 | 112,600 | 1,814,100 | 11.2% | 5.8% | 1,926,700 | 98,200 | 1,828,500 | 5.1% | ||
2024/2/5 | 17,455,942 | -323,050 | 17,132,892 | 2,376,300 | 84,100 | 2,292,200 | 13.9% | 3.5% | 2,376,300 | 84,100 | 2,292,200 | 3.5% |
ここからわかることを箇条書きにする。
- 決算前の小動きのときは、出来高の内、10~20%が信用取引。
- 出来高が急増した9日は、浮動株の内68%もの取引があるが、信用取引の買付は0.1%、売却は4.3%
- ストップ高の終値1,558円の翌13日、寄り付き1,561円であり、売り込もうと考えた投資家が多かったのかもしれない。
- また、融資返済も5万株程度あったため、急騰して利益確定という流れかもしれない。
- 短期は逆張りが強いとよく言われることから納得感がある
- 14日には、融資新規、貸株返済が増える。しかし、前日の終値は超えられず、陰線。
- これだけ読み解くと、信用取引売りが増えた13日は陽線、信用取引買いが増えた14日は陰線と往復ビンタ状態。
- 出来高が増えた9日以降は、20%以上が信用取引。
- 日証協貸付残を見ると、9日から16日に1,944,061株減っている。1日にすると486,015株。
- 出来高との比率を考えると、10%を超える。貸付を空売りに利用していると仮定する。
- これが一般信用取引の空売りの買い戻しと考えると、信用取引全体の取引合計は多くても14日の17%
まとめ・今後
- まだまだ、本当に推定したいポジションの積み上がりはまだ掴めていない
- 浮動株比率は半年に1回しかわからないのが難点 → 上場投信はPCFファイルがあるので投信の予測はできるのでは?
- PCF(Portfolio Composition Fileの略)とは、上場ETFが保有する銘柄毎株式数一覧化したファイルPCFファイルのダウンロード
- 1銘柄だけだと比較できないが、例えば信用取引比率に差があれば、エッジの一つとなり得るかもしれない。
参考資料
-
「会社四季報2024年秋号」東洋経済
※アイディアとして、「富と知性のマーケティング戦略」永井猛、「道具としての微分方程式 偏微分編」斎藤恭一から着想を得た。