証券口座乗っ取りと相場操縦の可能性:2025年の不正取引を追う
2025年3月ごろから証券口座の乗っ取り=ネット証券の不正ログインによる利用者の意図しない売買が発生しているとネットで話題になっている。
下記ニュースによると、2025年2月から4月までの3か月で不正な取引はおよそ1,400件で、被害額は900億円を超えていると報道されている。(1件あたり6,000万円強)
参考:“証券口座乗っ取り”被害 大手10社が顧客に補償の方針 一部会社は「全額補償」も 不正取引1400件、被害額900億円超
時系列をChatGPTにまとめてもらった。
ChatGPTによる証券口座乗っ取り事件の時系列整理
2024年末から2025年にかけて、日本の証券会社で相次いだ「証券口座の乗っ取り被害」について、主な出来事を時系列でまとめました。
🗓️ 主な出来事一覧(2024年11月〜2025年8月)
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2024年末頃
- 出来事:証券口座の乗っ取り被害が発生
- 関係会社:楽天証券、SBI証券、野村証券、マネックス証券、SMBC日興証券 など
- 概要:フィッシング詐欺でID/PWを盗まれ、株が勝手に売却・中国株を買付されるケースが確認され始める。
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2025年1月頃
- 出来事:金融庁に報告が入り始める
- 概要:証券会社から不正アクセス被害の報告が寄せられ、金融庁も実態把握を開始。
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2025年2月
- 出来事:被害が本格化
- 概要:2月だけで不正アクセス43件・不正取引33件、被害社数は2社に。
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2025年3月
- 出来事:不正件数が急増
- 概要:不正取引は685件に拡大、被害社数は4社。
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3月27日
- 出来事:日証協が注意喚起文書を発出
- 概要:全証券会社に対し、不正監視の強化とセキュリティ対策の徹底を要請。
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3月下旬
- 出来事:楽天証券で不正売買が公表される
- 概要:顧客口座で株式が勝手に売買され、中国株が大量に買付されていたことが明らかに。
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4月8日
- 出来事:野村証券がネット注文制限
- 概要:一部日本株のオンライン注文を停止し、店頭・電話のみに限定。
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4月11日
- 出来事:楽天証券が中国株1092銘柄の買付停止
- 概要:不審な注文を防ぐために、中国株・一部米国株を対象に買付を一時停止。
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4月12日
- 出来事:6社で被害が報道される
- 関係会社:野村、楽天、SBI、SMBC日興、マネックス、松井
- 概要:フィッシング詐欺によるID/PW流出、不正ログイン→株の売却→中国株買いの一連の操作が横行。
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4月16日
- 出来事:日証協が多要素認証の義務化を発表
- 概要:ログイン時の二段階認証を全社に義務付ける方向で調整開始。
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4月18日
- 出来事:金融庁が被害件数を正式発表
- 概要:不正取引は1454件、売買総額は約954億円に達する。補償は「法的に可能」との見解を示す。
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4月下旬
- 出来事:多要素認証導入を決めた証券会社69社が公表される
- 概要:業界横断で不正防止体制を強化へ。
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5月1日
- 出来事:著名投資家テスタ氏が被害を公表
- 関係会社:楽天証券
- 概要:資産100億円超のトレーダーが不正ログイン・売買被害を受けたことをSNSで告白。
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5月2日
- 出来事:業界10社が補償方針を発表
- 関係会社:楽天、SBI、野村、SMBC日興、マネックス、松井、大和、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、三菱UFJ eスマート証券、みずほ証券
- 概要:約款にかかわらず、2025年1月以降の被害については補償方針を統一。
不正被害について
各証券会社の対策として、次のような売買停止があげられている。
- 株が勝手に売却・中国株を買付されるケースが確認され始める
- 一部日本株のオンライン注文を停止し、店頭・電話のみに限定
- 不正ログイン→株の売却→中国株買いの一連の操作が横行
このことから、ビットコイン流出のように別の口座に送金ではなく、不正ログインした人間が売買を行っていると考えられる。
※証券口座の送金は時間差があることと、日本国内の銀行口座の登録が必要であり手間がかかるからではないかと思う。
つまり、他人の口座を使った売買によって利益を上げるということである。
いわゆるフロントランニングを実行しているという仮説が立てられる。
フロントランニングとは、他人の注文を事前に知ったうえで、自分の注文を有利な価格で先回りして出す行為であり、通常は金融機関の内部者による禁止行為として知られている。
今回は、不正ログイン者が事前に自分の本来の口座で買っておいた株を高い値段で他人の口座に買わせることをしているのではないかと考えられる。
しかし、このような行為が現実に可能だったのかを検証する必要がある。
NTTや三菱UFJのような大型株で、多くの人が注目している銘柄では難しいだろう。
東証に上場している企業の中には、流動性(=いつでも、どの量でも売買できるか)が低い銘柄がある。
特に、東証スタンダードに上場している銘柄は、上位20%を除き、1日の売買代金は3,000万円を下回っている。
特に下位になると、数十万円~数百万という銘柄も多く、注文が出ている板もスカスカである。
例えば、200円台の銘柄は1円刻みで注文を入れられるが、最高値の買い注文が200円買いで最安値の売り注文が240円売りというようなことがある。
この場合、最後に約定した価格が仮に220円だとしても、買うには240円の売り注文にぶつける必要がある。
また、このような銘柄の場合は、注文が出ている総数も小さいため必要な数量の売買が難しい。
先の例で言えば、240円で買ったとしても、ログインした他人口座で260円で買い注文を出して、それにぶつける形で売り注文を出せば、20円分儲かるはずである。
分析手法
上記の被害状況から考えて、特に低位小型株を中心に ①株価変動率の変化 ②出来高の急騰が考えられる。
それを抽出するために、次のデータ集計を行い、異常値検出を行う。
- 2024年9月~2025年4月の株価データを抽出する
- TR(True Range)を計算する ※TR(True Range)は、当日高値・安値・前日終値の3点から最も大きな値幅を取ることで、ボラティリティの大きさを表す指標である。
- 前半2024年9月~2024年12月、後半2025年1月~2025年4月までのそれぞれ4ヶ月間のTRの終値に対する比率と売買高の銘柄ごとの平均を計算する
- TRの終値に対する比率の平均と売買高平均のZスコア※を計算する
- 散布図にして、原点からの距離が大きい銘柄を探索する
Zスコアとは
標準化された尺度を使用して、各データ値が平均からどれだけ離れているかを測定する方法である。
つまり、 (各点のデータ - 平均値) / 標準偏差 で計算される。(0を平均とする偏差値と考えられる)
分析結果
- 対象銘柄をETF・ETN・REIT・ベンチャーファンド・カントリーファンド・インフラファンドとする 楽天証券などでは中国株の直接取引が可能であるが、ETFの可能性もあると考え、上記の分析を表題の銘柄を対象に実施した。
code | name |
---|---|
2860 | NEXT FUNDS ドイツ株式・DAX(為替ヘッジあり)連動型上場投信 |
2553 | ◎One ETF 南方 中国A株 CSI500 |
1485 | MAXIS JAPAN 設備・人材積極投資企業200上場投信 |
2530 | ◎MAXIS HuaAn中国株式(上海180A株)上場投信 |
2628 | ◎iFreeETF 中国科創板50(STAR50) |
2851 | iシェアーズ MSCI ジャパンSRI ETF |
2092 | NZAM 上場投信 フランス国債7-10年(為替ヘッジあり) |
2629 | ◎iFreeETF 中国グレーターベイエリア・イノベーション100(GBA100) |
1490 | 上場インデックスファンドMSCI日本株高配当低ボラティリティ(βヘッジ) |
1596 | NZAM 上場投信 TOPIX Ex-Financials |
Zスコア距離分析により、不自然なボラティリティと出来高の変化が最も大きい銘柄群に「中国関連ETF」が複数ランクインしていることが判明した。 2553「One ETF 南方 中国A株 CSI500」のチャートと時系列は次の通り。
日付 | 始値 | 高値 | 安値 | 終値 | 出来高 |
---|---|---|---|---|---|
2025年1月31日 | 1,730 | 2,000 | 1,690 | 1,713.50 | 499,160 |
2025年1月30日 | 2,349 | 2,349 | 2,349 | 2,349 | 19,290 |
2025年1月29日 | 3,912 | 4,150 | 2,540 | 2,849 | 719,740 |
2025年1月28日 | 1,869.50 | 2,152 | 1,834 | 2,152 | 446,810 |
2025年1月27日 | 1,720 | 1,861.50 | 1,700 | 1,752 | 117,260 |
2025年1月24日 | 1,656.50 | 1,673 | 1,645 | 1,670.50 | 25,400 |
2025年1月23日 | 1,647 | 1,689 | 1,647 | 1,660.50 | 23,500 |
この株価変動が大きく、出来高が増えた直後に「「One ETF 南方 中国A株 CSI500」の基準価額と市場価格の重要な乖離に関するお知らせ」が適時開示され、ETF基準価格(インデックスとなる価格)と実際の売買価格に差が大きいと注意喚起がされた。
急騰以前は、2万株程度のため、3000万円程度の流動性しかなかったが、最大で70万株で4,000円台より28億円まで流動性が増えている。 もちろん、ETFの月末要因や2025/1/27のDeepSeekショックの裏返しで中国株の期待が春節による中国市場の休場など、複数の要因がありえる。 しかし、価格が2日程度で2倍、売買代金が100倍近く増えるには、需給要因以外があったと考えることができるだろう。
特に、ETFの場合、NAVと市場価格の乖離を利用するアービトラージが通常機能している。 今回のように売買量が大きく市場価格が暴騰したということは、マーケットメイクの機能が一時的に壊れていたとも言える。
よって、次のような構造的な仮説が立てられる:
- 仕手的な操作対象として「流動性が乏しく、価格が動きやすいETF」が狙われた
- 特に「中国本土株に連動するETF」は、価格変動と出来高の両面で異常値を示しており、不正アクセスされた口座で買いを誘導する“ターゲット銘柄”だった可能性がある
- 実際の操作銘柄は、直接の中国株とETFの両方が混在していたと推測される。
- 対象銘柄をプライム・グロース・スタンダードに上場企業とする 上記1の分析結果により、Zスコア距離による異常値検出がある程度機能するという仮説のもと、東証上場企業の分析を行う。
code | name | 時価総額 | 材料 |
---|---|---|---|
5243 | note | 276億円 | ココナラ4176の株式取得 |
302A | ビースタイルホールディングス | 20億円 | 12月新規上場 |
5277 | スパンクリートコーポレーション | 42億円 | 株式併合による上場廃止 |
297A | アルピコホールディングス | 178億円 | 12月新規上場 |
3823 | THE WHY HOW DO COMPANY | 114億円 | EV充電インフラ事業 |
304A | フォルシア | 25億円 | 12月新規上場 |
4896 | ケイファーマ | 87億円 | 臨床研究の成果発表 |
3987 | エコモット | 21億円 | 国土交通省技術提案が採択 |
3137 | ファンデリー | 41億円 | ☆ 2025年4月販売拡大のIRあり |
303A | visumo | 17億円 | 12月上場 |
9238 | バリュークリエーション | 26億円 | 事業譲受 |
4676 | フジ・メディア・ホールディングス | 6927億円 | コンプライアンス問題 |
4889 | レナサイエンス | 131億円 | 12月新規上場 |
4240 | クラスターテクノロジー | 18億円 | ☆ 2025年4月上方修正 |
6171 | 土木管理総合試験所 | 52億円 | 八潮市道路陥没事故から社会インフラ物色 |
2385 | 総医研ホールディングス | 33億円 | 業務提携 |
254A | AIフュージョンキャピタルグループ | 105億円 | ビットコイン |
298A | GVA TECH | 23億円 | 12月上場 |
8143 | ラピーヌ | 7億円 | ☆ |
5721 | エス・サイエンス | 99億円 | ビットコイン |
目立った材料がない3銘柄を取り上げる。
紫枠の部分でローソクの上下にヒゲができて、出来高が増えている。特筆すべきニュースリリースや業績発表は確認されていない。
紫枠の部分で目立った材料は見当たらないが、出来高を伴って急騰。
紫枠の部分で上ヒゲを伴い出来高が急増
材料のないタイミングで、出来高を伴った急騰や長いヒゲ(上下に大きな値幅)を形成している銘柄が複数確認された。 これらは板が薄い中で一方向の注文が入っただけで起きる値動きではなく、実際の売買が伴って価格が形成されたことを示している。 通常であれば価格が動かない銘柄に、何らかの意図を持った資金の流入があった可能性があると考えられる。
そのため、不正取引またはそれに準ずる動きがある可能性を捨てることはできない。
また、興味深いことにこのような値動きのあと、何かしらの材料とともに急騰しているのである。 特に、ファンデリーの場合、健康食の販売拡大という、普段であればそこまで注目されない材料であがっている。 もちろん、小型株のため、販路が広がることによる影響はかなり大きいと言えるが、市場の注目を集めるかというとそこまでではないのではと考える。 時価総額も41億円と小さく、実際の数字が出てから出ないと機関投資家やポジションの大きい個人投資家でもなかなか手が回らないと考えられる。
考察
- ETFのZスコア分析は報道を補足するような結果であると言える。つまり、中国株とは、現物だけでなくETFの可能性もあった
- 個別株では、材料が伴う動きとの区別が難しく、また、ニュースの後追いが難しいのが現状である
- 一方で、異常な動きのあと、材料とともに急騰している
- これは、不正売買とは別の手が入っている可能性があり、トレードに活かせる可能性がある
- なお、仮にこの手法で利益を得ていた者が存在する場合、操作銘柄の急騰直前に買いポジションを持っていたと考えられる。その意味では、操作銘柄を先に買っていたアカウントとの紐づけが重要な調査対象となるだろう。
まとめ
ETFは事前の報道から整合性の取れる結果となった。しかし個別株においては、材料の有無を含めた分析が必要そうである。 また、新規上場等で出来高が急落する場合もZスコア距離は大きくなる。方向を加味した分析が必要である。 しかし、興味深い動きを観測できたことから、このZスコアを元にトレード戦略を検討できると考える。 今回使用したデータは、株価4本値と出来高だけである。つまり、バックテストがしやすいため、今後の課題とする。
ETFと個別株、それぞれに現れた“異常な動き”をどう捉えるか。 本記事で用いたZスコア分析は、その第一歩にすぎない。 今後、定量データと材料(定性)の一致・不一致に注目することで、意図的な仕掛けの痕跡をより明確に検出できる可能性がある。 市場に潜むノイズとパターンを見抜く力が、個人投資家の武器になりうるのではないか。